日々雑記第7話

オタクの話
私はプチ・オタクです。
中学生の頃まではアニメオタクだったなあとは思いますけど(同人誌作ったし、コミケ行ってたし
グッズ片っ端から買って集めたてたし)、もう足を洗いました。
でも今でもマンガやアニメ、好きはすきなので、プチオタク。
プチだから詳しくはないんだけど。

で、今回のお題です。
一つのジャンルに傑出するというのはすごいことだと思います。
そういう「極めて」いる人の話は面白いですし、それで飯食って行けるって人も拍手です。

嫌いなのは
人との距離が測れないのとか、自分に自信がないあまりに自己完結してて、
しかもそれを「いいの。わかってもらえるとは思ってないから」と無理してる
(風を装った)笑顔で言ってみたりする輩です。
あと、あれだ。
キャラのしゃべり方真似するとか、異様に早口とか声がでかすぎたり小さすぎたり。

もともと書店っていうのはオタクが集まりやすい。
あんまり社交性を求められない(ように見える)し、オタクの好きな『本』があふれる程にあるし。
だいたい同好の士がやってるというあらかじめの安心感があります。
同人誌文化で分かるように、彼らにとって「同じものを好き」という条件は、すぐさま友達になれる、
もしくはすでに友達ということを示します。
だから、たとえ私が年上でしかも上司であっても、アニメやマンガ好きで
自分でもマンガを描いてると知った時点で
彼らの中で私は「仲間」とインプットされるわけです。
そうでなくても「人との距離がはかれない」彼らはいきなり慣れ慣れしく
寄ってきますけどね。
敬語こそ使っているものの、その口調と内容は、かなり図々しい。
「私、あなたとそんなに親しかった?」と冷水浴びせてやりたい衝動に時々駆られます。
(たまに衝動に忠実に行動する私です)

オタクじゃなくてもそういう人っているんだけど、何故か分かる、区別がつく。
私のオタクセンサーかなり優秀です。
嫌いなものには誰しも敏感になるけど、私の場合昔自分がそうだったから余計わかるんですよ。
昔の自分を見ているようでイヤなんだと思う。
近親憎悪というのでしょうか、こういうの。
彼らがどういう風に感じてどういう風に怯えるか手に取るように分かってしまう。
自分と尺度の違う人間とつきあったことがないから、何をどうしゃべったらいいのかわからない。
そういう訓練をするべき時期(中学生とか高校生の時分)に、最初から趣味の合う人間の中に
逃げ込んでしまう為、実際の社会(バイトとか就職とか)に出た時、絶対的に経験値が足りない。

私がオタクを嫌いなのは、そういう岐路に立ってさえ、また自分の殻に逃げ込むところ。
そこで踏ん張って、プライドつぶされ、悔し泣きし、経験値を作って、大人になる、ならなきゃいけない。
「分かってもらわなくてもいいの」と言うならば最初からこれ見よがしに孤独をアピールするな。
それに気を引かれて愛や友情が芽生えるのは、マンガや小説の中だよ。
現実にそんなのいたってうっとおしいだけだ!
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