BookReview 第1回
アン・マキャフリー
「歌う船」
この世に生まれ出た彼女の頭脳は申し分ないものだった。 |
それまで全くSFに興味の無かった私は、表紙の内側に書いてあったこのあらすじに心を奪われた。
女の子が宇宙船になる。
パイロットではない。
宇宙船そのものになるのだ。
しかも女の子としての感情はそのままに歌うという。
なんてロマンチックな設定だろう。
主人公ヘルヴァは、私の好きなタイプの女の子だった。
頭が良く冷静で有能、女性としての優しさもある、負けず嫌いで少し意地悪、でも決してわがままではない。
なんというか、すがすがしいかわいらしさのある女の子。
だがしかし、どんなに有能でステキな女性でも、彼女は人間としての身体を現すことはできない。
宇宙船になるべく訓練を受けた彼女は、恋人の命より使命を選ばなくてはならず、
永遠の命と果てしない能力を与えられるけれど、人として人に触れることだけができない。
相棒の乗組員と、心を通わせ恋しても、決して抱き合うことはできないのだ。
ヘルヴァが優秀であればある程、切なく悲しい。
誰より幸せになっていいのに、それはかなわない。
淡々と語られるストーリーに、ヘルヴァの孤独が鮮やかに映る。
決して、悲しい、さみしい物語ではない。
ただ透明な歌声が聞こえて来そうな気がする。
文章だから生きる設定でディティールである。
(そのわりに訳が下手で、ちょっと、いやかなり、最初は読みづらい。章が進むにつれ訳者も慣れてきて
まともな日本語になっていくので、トライしてみようという方はその辺覚悟して頂きたい。
これのせいで読者をだいぶ逃していると思う位、よみづらいのだ)
私は映画は映画でしかできないことを目指して欲しいし、演劇は演劇でしかできないことを目指して欲しい。
TVでもだらだら流せるようなストーリーを、わざわざ劇場まで行って見ようとは思わない。
「歌う船」は文章でこそ、生きる物語である。
私はこの物語を絶対に文章以外のものにしてほしくはない。
今は少しはやるとすぐアニメ化してしまう。
もしくはコミック化、映像化。
万が一、この物語がそんなことになったら、今ちまたに氾濫している安っぽいCGで、
人としての姿のないはずの彼女に、いかにもそれっぽいかたちを与えてしまうに違いない。
すなわちオタク受けを狙った「絵」ということなんだけれど。
どうかそういうナンセンスな真似はよしてくれと真剣に思う。
これは目に見えないからこそ美しい物語なのだから。
「歌う船」/アン・マキャフリー/創元社
創元SF文庫
ISBN4-488-68301-0