BookReview 第1回


アン・マキャフリー

「歌う船」


この世に生まれ出た彼女の頭脳は申し分ないものだった。
ところが身体の方は機械の助けなしには生きていけない状態だった。
そこで<中央諸世界>は彼女を金属の殻に閉じこめ、神経シナプスが宇宙船の維持と管理に従事する
各種の機械装置を操作するように調節して、宇宙船の身体をあたえた。
こうしてどんな複雑なコンピュータを積んだ船にも負けぬ、
優秀なサイボーグ宇宙船が誕生した。
それでも、嘆き、喜び、愛し、歌う、彼女はやっぱり女の子なのだ・・・!
乙女の心とチタニウムの身体をもつサイボーグ宇宙船の活躍を描く
オムニバス長編。



それまで全くSFに興味の無かった私は、表紙の内側に書いてあったこのあらすじに心を奪われた。
女の子が宇宙船になる。
パイロットではない。
宇宙船そのものになるのだ。
しかも女の子としての感情はそのままに歌うという。
なんてロマンチックな設定だろう。

主人公ヘルヴァは、私の好きなタイプの女の子だった。
頭が良く冷静で有能、女性としての優しさもある、負けず嫌いで少し意地悪、でも決してわがままではない。
なんというか、すがすがしいかわいらしさのある女の子。
だがしかし、どんなに有能でステキな女性でも、彼女は人間としての身体を現すことはできない。
宇宙船になるべく訓練を受けた彼女は、恋人の命より使命を選ばなくてはならず、
永遠の命と果てしない能力を与えられるけれど、人として人に触れることだけができない。
相棒の乗組員と、心を通わせ恋しても、決して抱き合うことはできないのだ。
ヘルヴァが優秀であればある程、切なく悲しい。
誰より幸せになっていいのに、それはかなわない。
淡々と語られるストーリーに、ヘルヴァの孤独が鮮やかに映る。

決して、悲しい、さみしい物語ではない。
ただ透明な歌声が聞こえて来そうな気がする。


文章だから生きる設定でディティールである。
(そのわりに訳が下手で、ちょっと、いやかなり、最初は読みづらい。章が進むにつれ訳者も慣れてきて
まともな日本語になっていくので、トライしてみようという方はその辺覚悟して頂きたい。
これのせいで読者をだいぶ逃していると思う位、よみづらいのだ)


  私は映画は映画でしかできないことを目指して欲しいし、演劇は演劇でしかできないことを目指して欲しい。
TVでもだらだら流せるようなストーリーを、わざわざ劇場まで行って見ようとは思わない。
「歌う船」は文章でこそ、生きる物語である。
私はこの物語を絶対に文章以外のものにしてほしくはない。
今は少しはやるとすぐアニメ化してしまう。
もしくはコミック化、映像化。
万が一、この物語がそんなことになったら、今ちまたに氾濫している安っぽいCGで、
人としての姿のないはずの彼女に、いかにもそれっぽいかたちを与えてしまうに違いない。
すなわちオタク受けを狙った「絵」ということなんだけれど。

どうかそういうナンセンスな真似はよしてくれと真剣に思う。
これは目に見えないからこそ美しい物語なのだから。


「歌う船」/アン・マキャフリー/創元社
創元SF文庫
ISBN4-488-68301-0



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